行くまで〜ロンドン・ヒースロー空港
スペインである。パコ・デ・ルシア*1である。リターン・トゥ・フォーエヴァー*2である。ライト・アズ・ア・フェザー*3である。マイ・スパニッシュ・ハート*4である。それとスケッチ・オブ・スペイン*5もである。と、このように古来から我が国はスペインとは深い歴史的なつながりがある*6ことが知られている。今回我々は天正少年使節団*7の一員として世界13聖地*8のひとつ・スペインに行ったわけであるが、今回の帰国にあたりその報告は発表にかえさせていただきます。*9
ホントは学会*10なのだが、そもそも今回は最初はギリシャ*11でやると言ってたのだ。しかし学会が開けるような会場が手配出来ず、急遽スペインに変更になったのだ。学会会場もないのかよギリシャ! えーと、次のオリンピックって、どこでやるんだったっけ・・・?
まあ、スペインもいつかは行きたいとこだったので、それはそれで楽しみだ。とりあえず、本とかネットとかで旅の情報などを集める。この時点でだいたい出発の一週間前くらい。スペイン語なども少なくとも一週間前あたりから勉強したいな*12と思ってたが結局前日一夜漬けになってしまったことは言うまでもない。 治安が・・悪そうだなあ。空港バスの到着するコロン広場では強盗に注意だのタクシーはボルだの地下鉄にはケチャップ強盗が出るだのヨーロッパでの日本人の犯罪被害はスペインが7割を占めるだの日本人を狙った強盗団がアフリカから来てるだの*13とにかく日本人は狙われる、と。そのおかげでスペインでは日本人だけは持ち歩くパスポートはコピーでいいらしいが。 しかし犯罪が怖くて海外旅行は出きん。そもそも危険だと言われる所ほど行ってみたいと思いませんか〜♪*14 それに、最近我々はちと旅慣れしすぎている。イランで自信つきすぎてしまったのか、海外旅行ナメまくりである。こんな心構えではそのうち旅先で重大な犯罪に巻き込まれるのも時間の問題である。いかん。ここでチト初心にもどって*15完全武装にて出発することとしよう。
ユーロは旅行前に両替。最近ぜんぜん使ってなかったトラベラーズ・チェック*16を買う。現金は100ユーロだけ持つ。郵便局でシチーバンク口座を海外からも引き出すようにできる手続きを兼ねて両替を申し出ると「ユーロ現金の在庫がありません」などとわけのわからない*17ことを言われる。次の日もっかい来いと言われたので行くといまだになんか住所氏名とかの書類書かされて*18やっと両替できる。
出発当日。朝8時の便で新千歳から関空に。で、6時半くらいに空港に着くが搭乗カウンター開いてねえし。*19 7時過ぎくらいから職員がぼちぼち来出す。「お荷物はマドリッドまででよろしいですか」と言われるが、ホントにマドリッドまで荷物いくのかどうかどうも信用ならんな。まあ荷物なくされたら中に1000万の壺*20かなんかはいってたことにしやう。
2003.9月現在、日本からスペインへの直通便はないので、関空からはヒースローに。機内モニターにゲームとかあったんでソリティアとフリーセル(トランプ)をずっとやってる間にヒースロー到着。ヒースローは6年ぶりだなあ。しかし、この空港の馬鹿っぷり*21というか不親切さは相変わらず。どこで乗り換えるのか出発直前にならんとわからんし。確か何年前か、どこだかのターミナルが焼けたんたよなあ。なんか前来た時よりもさらにメンドくさい構造になっている気が。 ![]() ちょっと時間があったので、両替でもするか・・100ユーロだけだとちと不安だし・・と両替窓口に「円をユーロにして下さい」と頼む。「NO」と言われる。「いっかいポンドにしないとダメだ」何イィィィィ? あ、イギリスだけはユーロじゃなかったんだ! でも二回両替したらけっこうな端数全部ポンドになるじゃん*22。とりあえず必要な現金ユーロはホテルまでのタクシー代だけだし、いらないや。ポンドもらっても帰りの経由地はアムスだからいらないし。 しかし、まだ乗り換えまで1時間ほどある。ノドもかわいたので、水でも買うか。売店で「ユーロ使えますか」と聞くとそれはオーケー。日本で両替した10ユーロ札があったのでそれで水を買う。ハイ、この時点で俺は大きな間違いに気付きましたがもう遅かった。そう、お釣りが全部ポンドで来やがったのです。5ポンド以上もきました。ほとんど両替ですね。当然全部硬貨です。どうしようかね、これ。ビールも今は飲みたくないし。ああイギリス使えねえ国。 その後はターミナル1の待合でターミナル2から出るマドリッド行きを待つ。ここはターミナル1ですので、出発便のチェックはとうぜんターミナル2までいちいち歩いて行って確認しなけれはいけないのは世界の常識ですね。30分ごとに確認していると、出発は一時間半遅れるそうで。ああそうですか。ここで「ターミナル2にも待合室があったら便利なのにな」とか思う俺は素人なのでしょうね。
待合から飛行機が搭乗口に着くのが見える。表示はまだされてないが、これから乗るイベリア航空機。 俺「やっと来たか〜、もうあの飛行機に決まってるから、もう搭乗口の前まで行ってよう」 長官「ん〜、でもバルセロナ行きとかだったりして」 俺「スペイン行きはこの時間帯は他になさそうだよ」 と、搭乗口の方に向かうと、なんか違う方向から乗客がたくさん来る。 長官「ツアーか? 乗り換えかなあ?」 俺「いくらなんでも搭乗口から搭乗口にストレートに乗り換えはないだろ・・あっ!」 ひょっとすると・・と思ってその客が来る方向に向かう俺。 俺「あった・・・ターミナル2の待合室・・・・」 長官「ひえ〜・・しかもここ、建てなおしたばっかりみたいでヤケにきれいだし・・」 まだ搭乗時間にならないので、とりあえずターミナル2で待つ。こっちにはマドリッド行きの便の表示もちゃんとされてますね。売店もカフェもターミナル1に負けない立派なのあるじゃん。しかし「待合室はこっち」くらいの表示はないもんかね。
やっと「マドリッド行きIB*23なんとか番・・」とのアナウンスが流れる。やっと搭乗か・・と、さっきの飛行機がとまっていたゲートに向かう。 俺「ふう、やっと乗れるよ」 長官「行き先は確かにマドリッドで大丈夫だよね?」 俺「大丈夫だって、ホラここにちゃんとバルセロナ行きって書いて・・」 !?(少年マガジン風) カウンターの職員に尋ねる。「あの、マドリッド行きはどこですか?」 職員「ああ、ターミナル1のほうですね。ここをずーっといった所」 そして職員が教えてくれたゲートは、さっき俺たちが待ってたターミナル1の待合室のすぐそば・・(ゲートは待合室と反対の方向だったので、飛行機は見えなかった)。で、さっきのバルセロナ行きは遅れて出発する便だったらしい。
どうか気をつけてほしい。ヒースロー空港にはワナがいっぱいなのだ。 ![]() (注釈) *1 フラメンコ系ジャズ・ギタリスト。スペイン人からは「パコくらいのギタリストならスペインにゴロゴロいるよ、別に天才でもなんでもない」とパコの評価は意外に低いのだが、パコのスゴいところは技術ではなく(技術も充分スゴいのであるが)、フラメンコを単なる民俗音楽からジャズというか「いち音楽ジャンル」として確立させたところにある。 *2 激売れしたチック・コリア先生のアルバム名である。バンドの名前としてのリターン・トゥーフォーエヴァーは次の次の次くらいのアルバムからである。 *3 リターン・トゥ・フォーエヴァーが売れたあとのチック・コリア先生の二匹目のドジョウ作であるが、出来は前作よりよかったりする。ちなみに「スペイン」はコレにはいっている。 *5 マイルス・デイビス&ギル・エヴァンス先生達である。きもちわるいアレンジのアランフェスが最高である。 *7 いちおう念のために言っておくが、大嘘コキマロである。そもそもそれはポルトガルじゃなかったか。 *10 ヨーロッパ芸術療法学会。最近は俺は勉強しに行くというより遊びに行っているという傾向が強いのではないか、という噂もある。そもそも何で日本人の俺がヨーロッパの学会に毎回参加しているのかも謎である。 *12 一週間前でも遅すぎである。スペイン語ナメまくりである。とりあえず「j」がハヒフヘホであり「ll」がジャである。 *13 「地球の歩き方」スペイン2003〜2004年版、「世界最低最悪の旅」蔵前甚一編(幻冬舎文庫) *15 我々の初めての海外旅行は建国以来ずっと戦争ばっかりやってる某ユダヤの国であった。 *18 俺の知る限りでは、外貨両替するたびに住所氏名書かされんのは日本くらいてす。ロシアでもイランでもインドでもそんなもん書かなくてもフツーに両替できました。 *19 二十四時間開いてるハブ空港じゃなかったのか新千歳ゴルァ。 *21 このサイトが出来た頃(その頃はジオだけの仮開店だった)、トップからターミナル1〜4を経由してはじめて本文にはいれる、というタイヘンにメンドくさい構造をしていたのだが、それはこの空港の馬鹿っぷりに感動してのオマージュであった(現在はジオに「史跡」として残っている)。ホントはここは音楽&旅モノのサイトにする予定だっんだがなあ。 |