隊歌コンクール(その2)
1週間の練習のあとついに本番の隊歌コンクールの日がやってきた。まずは自由課題で各自好きな歌をうたっていい。がおもしろいもの。 わが31中隊は「きみはなにーをみつーめているの。」って言う曲でいきました。なんにもないのはつまんないので一番前で5人くらいで踊りまくりました。もちろんPicatyuuも踊り狂いました.そのかいあってかなんと2位じゃありませんか。その日はおまつりのようでした。やっぱからだで表現しないとつたわんないのよね。なんにつけてもね。その晩は点呼免除を獲得しました。点呼免除っていうのはおもに土日の朝はそうなんだけど、ベッドにいたままでドアのそとから週番が「だれそれいるか?」ってきかれて「はい、います」ってこたえるだけでいい。いちいち番号とか言う必要ないし廊下ダッシュではしらなくてもいい。ほんと1年にとって廊下は戦場なのよ。上級生より遅いと「動作が怠慢だ」って目つけられるし。 31中隊以外の中隊は隊歌コンクールでどの中隊も3大隊で一番怖い上級生を暗に意味したデビルマンだった。海パンで踊ってたのにはうちは負けたなって感じでした。 自由編のあとの規定の隊歌に関しては31中隊は防衛大学校学生歌を歌ったんだけど、びりだった。歌のセンスがなかったんだね、きっと。 このようにして隊歌コンクールは終わりをつげました。 抜刀隊はいつも月例パレードといって6列縦隊で行進するときかかってる曲.歌詞は過激。でもちょっとすきかな。このパレードが大変で私はかなり苦戦した。だって最初右足と右手が同時に出てたし.初めて月例パレードで教務斑2斑の班長になった時班長は一番前で行進し、途中おえらい人の
まえで「かしーら、みぎー」って言わなければいけない。でも一番前だしとなりにだれもいないし歌も上の空になってリズムも狂い始めとうとう足が逆になってしまった。そしたら学生隊学生長補佐何とか係が「班長、足をかえしろー」っていったから「あしをーかえ」っていったら「班長だけでいいんだ」っていうからもう一回「あしをーかえ」をした。結局わたしはさいごまで足はぎゃくだった。まあはじめてだったししかたないかって軽い気持ちでいたら班員は上級生にしばかれるとおもって青ざめてた.結局1週間夕食後補備パレードといって学生舎の前をぐるぐるまわるのに参加させられるはめになってしまった。とにかくパレードは2年になってもうまくならずみんなが帰った後何度も練習させられていたがいっこうに進歩しなかった。きっとリズムがわかんないためだと思う.けっして手を抜いていたわけではなく命がけでパレードしてたのだが。とにかくわたしはなにをやってもミスが多く始終怒られていたように思う。「たーてつつ」もうまくできなかったものの1つだ。
地獄のカッター事前訓練(その1)
みなさん、カッターってご存知ない方もおられると思います.カッターとは艇長と艇指揮とあと24名が船に乗る。そして任務は救難。護衛艦などにもカッターがつんであってそれを扱えることが海上自衛隊の基本となる。 カッター訓練とはカッターの前に集合し、12人の2列縦隊になり番号をかけさいごに艇指揮、艇長と叫ぶ.それから「搭乗」という艇長の掛け声でカッターに乗り込む。けっして縁にあしをかけてはいけない。転覆するからだ。当然後ろ向きに進む.一番前に艇長、艇指揮がのりそこから12の左、右・・・1の左、右の順になっている。このあとの掛け声は全て艇指揮が行う.「オール出せ」の掛け声で1の左右のものがオールを前に順に送っていく.オールは1本10キロと両手でも非常に重く感じた.「まえへ」の掛け声でオールを水平に漕ぐ姿勢をとる。艇指揮の「いーっち、いーっち」という掛け声にあわせて24人の呼吸が合うように漕いでゆく.漕ぎ方はまず身体を前にかがめオールを水平にする。そのあと腕を返してオールを水平にして水面を漕ぐ.最後に身体を後ろにそらせて渾身の力でオールを引くと同時にオールを水平にもどす。 これは訓練でおこなったカッターでカッター事前訓練はこれとはまるでちがう。第一カッターに乗らない.その話はまた次回.
NEW! 地獄のカッター事前訓練(その2)
カッタ事前訓練がはじまった。いつものように0630に起床して舎前で点呼をすませるとカッターの班にならべかえろという。カッターの班は中隊ごとに分かれていてわが31中隊は8班に分かれていた。これは体力順にきめられていた。当然私は体力ないから8班。そのならんでいる間も「8班・てい・てい・たー」っていう掛け声をかけつづけなければならなかった。 20分くらいの訓練なんだが私には永遠に感じた。 まずダッシュで舎前を駆け抜けていく。これで体力の80%ぐらい奪われた。こんなスピードで走ってる班はほかにはなかった。コースがあらかじめきまっていてそんなに長い距離ではなかったように思う。3キロくらいかな。わたしが遅れるので途中ほかの人が腕立てをしてまっていた。私が到着するとまた走りつづける。隣についてる人が容赦なく「前についていけ」という。走っている間中意識が朦朧としていた。せかされると走れないっていうのが見にしみてわかった。
2日目、8班の隊長が私は手を抜いてるんだと思い、私の横についてきた。その8班の隊長は柔道部のキャプテンで顔もこわかったが無口なのももっと私には怖く感じた。10秒くらいで私がほかの班員に遅れると肩をもって一番前まで連れていかれた。そして肩をもち地面にたたきつけられた。柔道でいうとうわてなげとかいうものですか。わたしは柔道はあんまり知らない。無口なはずなのに「たて」といいまた肩をもってはしらされた。なんどかこけた。こけてもまた起き上がらされ無理やりはしらされた。自分のペースじゃないのですごく呼吸がくるしかった。山岳部2年の上級生が「Oさん、これ以上やったら怪我しちゃいますよ」って言ってくれたのでその上級生は私の横を離れて先にいった。この訓練のあと寮にかえって自分の足を見ると血だらけになっていた。山岳部の2年の上級生も「なんで3年の女子がたくさんいるのにだれも止めないんだ。」ってしきりにいっていた。怪我は広範囲のかすり傷だったのでバンドエード何十にも固定して次の日の訓練も参加した。次の日その上級生は横につかなかった。思ったことは怪我をしても興奮状態で痛みを感じないし、走っていて,も意識があんまりない。息苦しさはあるが。目は半分だけあけた状態になる。この地獄がはやく終わってくれとねがうだけだった。 |