バラナシ:ジキジキハウス
次の朝もガイドのリクシャーがホテルまで迎えにきた。
「ミスター、アレはどうだった?」
「ああ、サンキュー。でもなんだかねえ…頭痛くなってきたよ、アレ。あんなもんなのか。煙草とたいしたかわりないじゃん。ノドは痛いしさあ」
「そうか? モノはいい奴なんだがなあ。うまく行くと『ストーンド』という状態になる。俺なんかいっつもだぜ」
「ああ『ストーンド』ねえ…まあ感じとしては解るな。確かに身体がおも〜くなる感じはあったなあ。でも煙草だってそうじゃねえの?」
「煙草は身体によくないだろ」
「煙草もアレもたいして変わらないような気がするけどなあ」
「煙がマイルドなんだよ。この前来てたジャパニの女の子三人連れにもやったが、喜んで吸ってたぜ」
「マイルドかなあ…まあバラナシに来る日本人の99%はソレが目当てだからな」
「!本当なのか、それ?」
「ああ(てきとう)」
「…そうか、こんなモンをねえ…。そういえばよく『アレあるか』って聞かれるもんなあ。でも日本人の場合、そう言ってくる奴のほとんどが女の子ってのはどういうわけなんだ? 日本の男からは聞かれたことないぜ」
「まあ日本の社会ではいろいろ虐げられてるから、そのウサ晴らしなんだろ(どてきとう)。ここでだってそうだろ?」
「まあ確かに虐げられてるはいるけと、インドの女性でそんなもんやってる奴あ…ああ、ミスター、ひょっとしてジキジキハウスに行きたいのか?」
「ジキジキハウス? バラナシにもあるのか? ホーリータウンなのに?」
「いや…恥ずかしい話なんだがね…。ここも観光地化しちまってるからね。もちろん市街地にはない。町外れにあるんだがね…そいつらはバラナシの人間ではないよ。カルカッタから来てるみたいだぜ。…俺はああいうのはあまり好きではないが」
「俺もそれはちょっと遠慮しとくわ。特効薬もまだ出来てないしな。それにジキジキハウスだったら日本にもいっぱいあるし」
「なに、日本にもあるのか? 日本はリッチな国なんじゃないのか?」
「あーそのはずなんだがな」
「…でもな、インドではそいつら15・6歳くらいからそういう仕事やってんだぜ」
「あー日本も全く同じだ」
「…日本はリッチな国なんじゃないのか? なんでわざわざ彼女らはそういうことをするんだ? 親は何やってんだ?」
「さーな」
「解らんなあ…ミスター、ところで今日はどうするんだ?」
「ああ、そろそろ俺は他の街に行くわ。まずインディアン・エアラインのオフィスに行ってくれ」
「アイシー。で、これからどこに行くつもりなんだ、ミスター」
「カシミール」
ここはインディアンエアラインズではないが、まあこんな感じ
インディアン・エアラインのバラナシ・オフィスは新市街にある。1000年くらい前に作られたような建物だが、中はわりと近代的。予約は全部コンピューター管理。入るとスタッフ全員が俺を見る。スタッフの一人が俺に向かって
「何のご用かな、ミスター」
「フライトの予約をしたい」
「アイシー。ではここに座って。で、どこに行くのか」
「シュリナーガル」
「…あそこは戦争中でツーリストの出入りは制限されている。怪しいなあ。ちょっとパスポートを見せてくれないか」
「ホラよ。怪しくはないよ。単なるツーリストだ。シュリナーガルがダメだったらレーでいいよ」
「…パスポートには問題はないな。レーにはここからのフライトはない。デリーからになるが、それでいいか?」
「構わない」
「んー、カタカタ(キーボードを叩く音)一番早い便で…来月だな。ていうか今の季節にレーに行く奴はほとんどいないから飛行機はあんまり飛ばないんだ。しかし現地気温はマイナス30℃だぞ? その格好(サンダルに綿シャツ)で行くのか?」
「俺の国も今の季節はマイナス30℃だがいつもこの格好だぜ。まあカシミールは今回は諦めるか…。あ、ところでどっちにしろ俺は明日デリーに行くんだが、予約した飛行機は大丈夫なんだろうな」
「ああ、明日のデリー行きか? ちょっと待ってくれ…ああ、午後5時の便だな。うん、キャンセルされてるよ」
「ああ、それならいいんだ…ってオイキャンセル? 俺はキャンセルした覚えなんてないぞ?」
「いや、飛行機の運行そのものがキャンセルされてるんだ。欠航ということだな」
「なんで前日に欠航になることが解るんだよ。それに何で欠航になるんだ? 雪でも降ったのか?」
「さーな」
「(インドでこういう質問をした俺がバカだった…)…ああ、そしたらもう今日デリーに行くから、この明日のチケットで今日の便に乗れないか?」
「ちょっと待て。カタカタカタ…あっ!」
「どうした?」
「コンピューターがシステムダウンした。午後3時くらいになったらもう一度来てくれ」
「午後3時? 飛行機の出発、午後5時なんだろ? 午後3時にここに来て間に合うのか? ここからバラナシの空港までタクシーでも2時間はかかるぞ?」
「ユードントマインド。ノープロブレム」
「…(はあ。)午後3時にここに来ればいいんだな」
外では律義にリクシャーのガイドが待っていた。
「カシミール、行けそうか?」
「それどころでなくなった。この分だと飛行機は怪しいな…仕方ない、汽車でデリーまで行くか」
「あ、デリーまで行くのか? だったら汽車使うまでもない、俺が送ってってやるよ」
「…送ってくって、ひょっとしてこのリクシャーでか? デリーまで600キロだぞ?」
「何か問題あるのか? リクシャーが嫌だったら、俺はタクシーも持ってるからそっちでもいいぞ」
「(インド人は600キロをタクシーで旅行するのか?)…まあ、イザとなったら頼むわ。とりあえず午後3時にここにもう一度来いと言われた」
「午後3時だな。アイシー。それまでどうする?」
「うーん、何も考えてないや。どっかてきとうな土産物屋にでも行ってくれ。あ、カーペットは要らないぞ(ムチャクチャボラれる)」
何やら銃を持った番兵のいる土産物屋に案内される。仏像(ていうかヒンディーの神の像)ショップだ。日本でガネーシャ像を買ってきてくれるよう頼まれていたのだ。ここも工場と売り場が同じらしい。日本の何かの店の前によくある信楽焼のタヌキくらいの大きさのガネーシャがズラっと並んでいる。土産物屋のオヤジが声をかけてくる。
「ミスター、これはどうだ?」
「こんなデカいの、どうやって日本に持って帰るんだよ。もっとハンディな軽い奴だ」
「だったら、このサンダルウッドの奴かなあ。お部屋の芳香剤にもなるぞ」
「香りがなくなると共に小さくなっていったりしないだろうな」
まあちょっとボラれたかな…という程度の額を払って土産物屋をあとにする。ここはインド政府直営店なんだそうだ。あ、それで兵隊がいるのか。でもここ、確かに一応商品に値札はついているのだが、一見してわかる粗悪品とちゃんとした品が同じ値段ついてたりして、かなりいいかげんぽい。国営ショップでこれだからな…
まあ適当に午後3時まで街をブラブラして、再びインディアン・エアラインに。
「ヘイボーイ(ミスターから格下げになった)、今日の5時デリー行きだったな。ところでユー、煙草は?」
「ああ、禁煙席でいいよ。ノー・スモーキンだ」
「酒は?」
「(何だ、インドでは禁酒席というものもあるのか?)…ノー(いちおう)」
「グッド。俺も酒煙草はやらない。健康に悪いからな。ほら、チケットだ。とれたぜ」
なんだ、飛行機の座席の事を言ってたんじゃないのか! でもまあこれは運がいい。変更手数料はゼロ。インドのアバウトさが吉と出ることもあるようだ。そのまま空港に向かう。しかし、この時に酒も煙草もやるって正直に答えてたらチケットとってくれたのかなあ。謎だ。
牛の間を抜けて空港に急げ
午後5時キッチリに空港到着。空港につくと、一人のインド人が俺に近づいてくる。なんだまた土産物屋かあ?
「ミスター・デス見沢か?」
「そうだ」
「貴方は今日までバラナシの某ホテルに宿泊していたな?」
「そうだ(何かヤバイかな…)」
「ルームサービスの代金をまだ頂いていないのだが」
あっそーか! 急いでたんで忘れてた! ていうか、そんなんチェックアウトの時にちゃんと精算してくれよ!
ルームサービスの料金とチップで100ルピーをそいつに手渡す。それで用事は済んだようだ。空港カウンターに行く。当然のように"delayed"の表示。絶対定刻には出発しないのがわかってたから「ノープロブレム」ってことか。まあ定刻通り出発しててもノープロブレムなんだろーけど。カウンターに並んでると、隣に並んでいたドイツ人女性が俺に向かって若干テンパリ気味に「わたしが先に並んでいたのよ」と言ってくる。隣の列のカウンターが突然閉められてしまったらしい。まあヨーロッパ人は列にはうるさいからな。怖いので「ソーリー」と言って順番を譲ると、ものすごいホッとした表情をされる。このドイツ人もインドでいろいろヒドイ目にあったよーだな。カウンターで並んだ順番通りに座席が指定されたため、デリーまでこのドイツ人女性が隣の席だった。その後もなんかいろいろ話しかけてくる。
「…あなた、インドどう思う?」
「どうって、こんなもんなんじゃないすか。この飛行機だって、2時間遅れただけで済んだし」
「ああ、やっぱりこんなもんなのよねえ…バラナシはまだいいけど、これからまたデリーに行かなきゃならないかと思うとウンザリ」
「まー、客引きウザいっすからねえ」
「わたしはもうたぶん二度とインドにこないわ」
などととりとめもない会話をしてるうちに、飛行機は午後7時半にちゃんとバラナシを離陸した。あ、このドイツ人女性はデリーに着いた瞬間に雑踏に紛れてそれっきり。
つづく
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