第7話 杜子春

 ある春の日暮れです。

 唐の都洛陽の西の門の下の24時間まんが喫茶ネットカフェで、ぼんやりモニターを眺めている、一人の若者がおりました。

 若者は名を杜子春といって、元は金持ちの息子でしたが、今は財産をつかいつくして、その日の暮らしにも困るくらい、あわれな身分になっているのです。

「日は暮れるし、腹はへるし、その上もうどこに行っても、泊めてくれるところはなさそうだし・・・こんな思いをして生きている位なら、いっそ川へでも身を投げて、死んでしまったほうがましかもしれない」

 杜子春はさっきから、こんなとりとめもないことをネットカフェからてきとうに検索した掲示板に書き込んでいたのです。

 するとどこか知らない掲示板に、

「お前は何が質問したいのだ」という横柄なレスがついているのに気がつきました。

「私ですか。私は今夜寝るところもないので、どうしたものかと考えているのです」

「では俺がいいことを教えてやろう。今これから病院に行って、精神障害者年金の申請をしてこい。きっと車にいっぱいの黄金が得られるはずだから」

「ほんとうですか」

 杜子春は驚いて書き込みましたが、それきりその掲示板のヌシからのレスはありませんでした。

 

 杜子春はそれから2・3ヶ月のうちに、洛陽の都でも唯一人という大金持ちになりました。あのヌシの言葉通り、病院に年金申請してきたら、大きな四駆自動車を一台買っても余るほどの黄金が支給されたのです。

 するとこういう噂を聞いて、今までは道で行き合っても、挨拶さえしなかった友達などが、朝夕遊びにやってきました。それも1日ごとに数が増して、半年ばかり経つうちには、洛陽中のセレブというセレブで、杜子春の家に来ないものは、一人もない位になってしまったのです。杜子春はこの御客たちを相手に、毎日酒盛りを開きました。

 しかしいくら大金持ちでも、御金には際限がありますから、さすがに贅沢家の杜子春も、一年二年と経つ内には、だんだん貧乏になり出しました。そうすると人間は薄情なもの、ていうかどう考えても杜子春の性格に問題があるからこういう結果になると思うのですが、また杜子春が以前の通り、一文無しになってみると、彼に部屋を貸そうとするどころか、椀に一杯の水も、恵んでくれるものはいなくなりました。

 そこで彼はある日の夕方、もう一度あのネットカフェでぼんやり例の掲示板に書き込みをしていると、また

「お前は何が質問したいのだ」というレスが返ってくるでありませんか。

「私は今夜寝る所もないので、どうしたものかと考えているのです」

「ではおれがいいことを教えてやろう。今から市役所に行って生活保護の手続きをしてこい。きっと車にいっぱいの黄金が得られるはずだから」

 レスのヌシはこう書いたかと思うと、今度もまた多量のログの中に、かき消すように隠れてしまいました。

 杜子春はその翌日から、たちまち天下第一の大金持ちに返りました。と同時に相変わらず、したい放題な贅沢をし始めました。ですから車が買えるほどあった、あのおびただしい黄金も、またすっかりなくなってしましました。

 

 

「お前は何が質問したいのだ」

「私は今夜寝る所もないので、どうしようかと思っているのです」

「ではおれが良いことを教えてやろう。今から自衛隊に・・」

 レスのヌシがここまで書きかけると、杜子春は急な投稿でそのレスをさえぎりました。

「いや、お金はもういらないのです」

「金はもういらない? ははあ、贅沢をするにはとうとう飽きてしまったと見えるな」

「何、贅沢に飽きたのではありません。人間というものに愛想が尽きたのです」

「それは面白いな。どうして又人間に愛想が尽きたのだ?」

「人間は皆薄情です。私が大金持ちになった時には、世辞も追従もしますけれど、いったん貧乏になって御覧なさい。やさしい顔さえもして見せはしません。そんなことを考えると、たといもう一度大金持ちになったところが、何にもならないような気がするのです」

「そうか。金のせいだけではないと思うが・・ではこれからは貧乏でもいいということで」

「それも嫌です。ですから私はあなたの弟子になって、精神医学の修業をしたいと思うのです。いいえ、隠してはいけません。あなたは徳の高い精神科医でしょう。どうか私の先生になって、そのインチキな裏技をもっともっと教えてください」

「いかにもおれは帝国に住んでいる、出須冠子という、とりあえずソーシャルワーカーということにしといてくれ、たとえバレバレでも。まあそれほど弟子になりたいならいいよ。じゃあとりあえず、おれはこれからネパール経由でブータンに行ってくるから、お前はその間この掲示板を管理して、おれの帰るのを待っているがよい。多分俺がいなくなると、いろいろな魔性が現われて、お前の反応を楽しもうとするだろうが、たといどんなことが起ころうとも、決してレスを返すではないぞ。もし一字でもレスしたら、お前は到底仙人にはなれないものだと覚悟しろ。よいか、天地が裂けても、黙っているのだぞ」

「いや別に仙人になりたいとは言ってないのですが、大丈夫です。決してレスなどしません。命がなくなっても、黙っています」

「そうか。では行ってくる」

 

 

 杜子春はたった一人、しずかに掲示板を眺めておりました。すると突然掲示板に

「なんだこの掲示板」と書き込みがあり、荒しがはじまるでありませんか。

 しかし杜子春は出須冠子の教え通り、何ともレスをしずにいました。

 ところがまたしばらくすると、やはり

「レスをしないとたちどころにこの掲示板はなくなるものと覚悟しろ」と、いかめしく脅しつけるのです。

 杜子春は勿論黙っていました。

 その後も自作自演荒し、自殺予告、煽り、スパム、死ぬ方法教えてくれ、などが怒濤のように書き込まれましたが、杜子春はレスしそうになりながらもなんとかスルーしました。

 が、今度は、警視庁ネット犯罪特別捜査部というところから、

「こら。この掲示板はなんだ。なんでこんな医師だかなんだかわからんような奴が診察まがいのことをやっているのだ。しかも処方の内容にまでコメントしてるし・・これは医事法違反かもしれないぞ? おい、なんか返事しろ」

 しかし杜子春は出須冠子の言葉通り、黙然と口をつぐんでいました。

「返事をしないか。・・・しないな。よし。しなければしないで勝手にしろ。そのかわりタイーホする」

 杜子春の後ろにはいつのまにか私服刑事が立っていて、杜子春はタイーホされてしいました。

 

 

 警察に逮捕されたあとも杜子春は黙秘を続けていたため、杜子春はとうとう送検されることとなってしまいました。

「お前はだれに頼まれてこの掲示板を管理している?」

 検察官の声は雷のように、階の上から響きました。杜子春は早速その問に答えようとしましたが、「決してレスをするな」という出須冠子の言葉です。掲示板のレスのことなんだからふつうに話すのはオーケーなんじゃないか、と考えるのはこの話が続かなくなるのでやめて下さい。

「お前はここをどこだと思っている? すみやかに返事をすればよし、さもなくば先進国にあるまじき人権を無視した呵責にあわせてくれるぞ」と、居丈高に罵りました。

 が、杜子春は相変わらず唇一つ動かしません。それを見た検察官は激怒し、ウダイ・フセインもびっくりの拷問フルコースを杜子春にあびせました。それでも杜子春は、我慢強く、じっと歯をくいしばったまま、一言も口をききませんでした。

 つかれた鬼・・じゃなかった検察事務官たちは、

「この罪人はどうしても、ものを言う気配がごさいません」と、口を揃えて言上しました。

 検察官は眉をひそめて、しばらく思案に暮れていましたか、やが何かを思いついたと見えて、

「この男の父母は、たしか今拘留中だと思ったから、早速ここに引き立ててこい」と、一人の事務員に言いつけました。

 事務員が二人をつれてくると、その二人を見た杜子春は、驚いたの驚かないのではありません。

「こら、お前は何のためにあの掲示板を管理していたのか、まっすぐに白状しなければ、今度はお前の父母に痛い思いをさせてやるぞ」

 杜子春はこう脅されてももやはり返答をしずにいました。

「この不孝者めが。お前は父母が苦しんでも、自分さえよけれはいいと思っているのだな。鬼ども、やってしまえ」

 さきほどのウダイ・フセインの拷問フルコースが今度は杜子春の父母に対して始まりましたが、杜子春は必死になって、出須冠子の言葉を思い出しながら、堅く眼をつぶっていました。するとその時彼の耳には、ほとんど声とはいえない位、かすかな声が伝わって来ました。

「このロクデナシが。何でお前のために私たちがこんな目に合わなきゃいけないんだよ。どーせまたロクでもないこと考えてるんだろ。お前は死刑にでも何でもなってくれていいから、とっととなんでも白状してくれ。私たちには関係ないんだから」

 杜子春は出須冠子の戒めも忘れて、転ぶように父母のもとに走り寄ると、はらはらと涙を落としながら、一声を叫びました。・・・・「てめえ!」

 

 でさあ、俺はこれでなんとなくこれでパロディとしてオチがついたと思うわけよ。原作ではこのあとちょっとだけ補足みたいのあって、なんとなくハッピーエンドになるわけだが。

 *この話はフィクションであり、実在のサイトとか掲示板とかとはあまり関係ありません。

第一話 ハデスとペルセポネ

第二話 精神科医アスクレピオス(蛇使い座)

第三話 林檎殺人事件( from 創世記)

第四話 いなかのねずみととかいのねずみ

第五話 白雪姫

第六話 浦島太郎

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