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「次の方どうぞ」
「はい、どうしましたか」 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」 「‥どうしました?」 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」 「(ははーん)あ、喋れないのですね。まあ無理に何かを喋ろうとしても、かえってプレッシャーがかかって何も出来なくなります‥‥‥‥‥‥‥‥‥」 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ホラ!」 「わ!蛇! なな、何するんですか! 危ないじゃないですか!」 「喋れるじゃないですか。はい、お名前は」 「あ、その蛇ってそう使うんすか! しかしらんぼうな治療だなあ。名前って、カルテに書いてるじゃないすか。ヘラクレスといいます」 「はい、ヘラクレスさんね‥で、今日はどうされましたか」 「最近どうも気力が出なくて‥。あと眠れないし‥仕事も思うようにいかなくって」 「ふんふん。これはよくない相ですね。放っておくと発狂して妻子供を惨殺する、と出ておる」 「何か手相見みたいだなあ。それに発狂なんて言葉、医学用語なんすか」 「ウツですね、はっきり言って。仕事上のストレスから来るものです。ただちに休息が必要です」 「(無視かい)はあ。でも今やってる仕事を投げるわけにはいかないんすが。次は冥界からケルベロスを連れてこなきゃいけないし、家畜小屋の掃除もある」 「それは妻子供を惨殺したあとの仕事じゃなかったっけ‥まあいいや。とにかく、この名医アスクレピオスが診断する! 自律神経失調症により向後1ヶ月間の自宅療養を要する! はい診断書」 「強引な人だなあ。あなたちょっと強引で評判悪いよ。あなたのせいで、いきなり12星座から13星座に増えて、みんな『今さら増えられてもなあ』って言ってるんだから」 「そんな事は私の知ったことではない。私は最初からここにいるんだから。見落としていた占星術協会が悪い。まあそのような話はどうでもいい。とにかく休むことです。いいですね」 「はーい‥」
「次の方どうぞ」 「あの、ちょっとすいません、保健所の査察‥じゃなくて、冥界の者ですが」 「(ありゃ、抜き打ち査察かい‥)今診察中なんで、患者でないのなら、後にしてくれませんか」 「待合にはもう誰もいませんよ。ちょっと不審な点があったんで、お話を伺いたいのですが」 「仕方ないなあ‥で、今日は何ですか? 指定医のレポート、また書き直しですか? いいですよ、いくらでも書き直しますよチクショウ(泣)」 「いや、そうじゃなくて。あのですね、この前退院した×田×子さんっていましたよね」 「ああ、あのヒステリーの子ね。今は症状もおさまって元気ですよ。それが何か」 「あの人ねえ、一回死んでたと思うのですが。死者を蘇らすのは冥界法第一条に違反するのは御存じですね」 「彼女は本当に死んでた訳じゃなくて、ヒステリー性の仮死状態だったんですよ」 「ええい、まだシラを切るか! ヒステリーの概念など19世紀のフロイトまで存在せぬわ! ここは神話時代のギリシャ! 仮死と本当の死の区別など、つかぬわ! ものども、ひったてい! あなたには弁護士を呼ぶ権利があります」 「そんなー。えーと、ばんぶうさんの電話番号は」
こうして、精神科医アスクレピオスは弁護も虚しく冥界法違反により電気イスで処刑されました。しかしちょうどその頃、前に受診したヘラクレスも二番目の妻の策略でバイアグラ死してたので、天空に行ってもアスクレピオスはヘラクレスを蛇で脅す治療を続けている、ということです。(位置的にへびつかい座の上にヘラクレス座がある) でも星座を見ると、ヘラクレスかなり嫌がってるように見えますが‥ おまけ・ヘラクレスの最後(これは神話そのまま) ヘルクレスが二番目の妻デイアネイラと旅をしていた途中、 とある河にさしかかりました。 そこには半身半馬のケンタウルス一族のネッソスという者がいて、 その肩に旅人を乗せて河を渡しては賃銭を稼いでおりました。 ヘルクレスは歩いて河を渡りましたが、 妻デイアネイラのことはネッソスに頼みました。
ところがネッソスは、 河の途中でデイアネイラを襲おうとしたのです。 そのときヘルクレスは半マイルほども下流にいましたが、 さすがは弓の名手、 怪蛇 ヒドラ の血を塗った毒矢を放つと見事ネッソスを射抜きました。
死を目前に控えたネッソスは、 侮辱を加えたことをデイアネイラに詫びるとともに、 詫びのしるしにと自分の血を入れた小瓶を手渡し、 こう告げました。 「これは愛の媚薬だ。 もしヘルクレスが他の女に心移すようなことがあったら、 この血に浸した衣を彼に着せるがよい。 そうすれば、 そなたに対する彼の愛情がよみがえるだろう。」
こんなことがあってからしばらく後、 ヘルクレスはある戦の戦利品として イオレという美しい乙女を得ました。 彼の心がイオレに移ることを恐れたデイアネイラは、 馬人ネッソスの言葉に従い、 ネッソスの血に浸した下着をヘルクレスに着せたのです。
ところがこれは、愛の媚薬などではありませんでした。 ヘルクレスがその下着を身に付けると、 たちまち激しい苦痛が彼を襲いました。 その衣はどうしても彼の身体から離れようとせず、 破り捨てようとするとその下の肉まで 一緒にはがれ落ちるありさまでした。 このようなことになるとは夢にも思っていなかったデイアネイラは、 大変なことをしてしまったと思い 自ら命を絶ってしまいました。
そしてとうとう豪勇ヘルクレスも自らの死期を悟り、 オイタ山の頂上に薪を積んで火葬台をこしらえると、燃えさたる炎の中にその身を横たえ、 命を絶ちました。
しかし、 彼が人間の母親から受け継いだ肉体は焼けおちても、 大神たる父親から授かった魂は不滅でした。大神 ゼウス は 彼を雲でつつむと天上に上げ、 星々のなかにおきました。 |