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ある春の日のことです。 デメテル(ゼウスの妻ヘラの妹、つまりゼウスの義理の妹)の娘ペルセポネが花咲き乱れる森の中で花々と戯れていると、 地の奥底深くからごろごろという無気味な物音が響いてきました。 そしてあっと思う間もなく大地は裂け、 背の高い黒衣の男に御された四頭の黒馬のひく黄金の馬車が飛び出しました。 冥府の支配者 ハデス (ゼウス・ポセイドン・ハデス3兄弟の長男)です。 ペルセポネに魅かれた冥王は、 彼女を花嫁として迎え 冥府の女王として自らの隣に座らせようと、 彼女を地上から奪いに来たのです。
助けを求めて叫ぶ暇もないうちにペルセポネは馬車の中へ引き上げられ、 そして馬車はまた地中へと戻って行きました。 ぱっくりと大地に開いた穴も黒馬車を受け入れるとすぐさまその顎を閉じ、 森は何事もなかったかのような静寂を取り戻しました。
「この記述納得いかないなあ。これじゃあ、俺が力ずくでペルセポネを強奪したみたいじゃん。違う文献にだとちゃんと書いてるのもあるんだけど、俺はちゃんと従者つれて、礼儀正しく迎えにきたんだ。 だいたい俺は前からペルセポネは知ってたし、何回も話してる。彼女は俺に、母親がうるさくて家にいるのが嫌だから、家を出て一緒に暮らそうって、前から言ってたんだ。で、この日、母親と外出する予定があるから、そこがチャンスだと思って、前からこの日に二人で駆け落ちする計画を練ってたんだ。 叫ぶ暇もないってことはないだろう。それはあとからペルセポネの母親が付け加えた話だ。これが真相。」ハデス談
遠い土地を巡回中、 かすかに娘の悲鳴を聞きつけたデメテルは地上を駆けめぐり、 娘の行方を探りました。しかし最初は、 娘の身に何が起こったのか全く見当もつきませんでした。 それでも諦めずに捜索を続けるうち、 ペルセポネは冥王 ハデス の妃となるべく連れ去られたのだということを 聞きつけました。
そうと知ったデメテルはしばらく呆然と立ち尽くしましたが、 すぐに気を取り直すと、 二輪車を駆って天上の大神 ゼウス のもとへ嘆願に向かいました。 娘を冥王のもとから取り戻してほしいという豊穣の女神の訴えに対し、 大神の答えはこうでした。
「ペルセポネが、 冥府で供応された食物を何一つとして口にしていなければ、 彼女を取り戻すこともできよう。 したが、 もし汝の娘が冥府で供された食物を少しでも受けていたならば、 彼女を取り戻すことはかなわぬ。 古き法の定めるところにより、 供応された食物を受け入れた者は その地に客として滞在するということを了承したことになるゆえ、 汝の娘は冥王の花嫁として冥府に留まらねばならぬのだ。」
「いやー、あの時はマイッたよ。実は兄キ(ハデス)からは、ペル(セポネ)と駆け落ちするぞってこと、前から聞いてたんだよなー。兄キも、ずっと独身で女っ気なかったから、俺としてはいいじゃねえかと思ったんだけどな。でも考えてみりゃ、ペルって俺の嫁さんのヘラの血が混じってるんだよなー。だいたい母親がホラ、ヘラと性格そっくり。もうウルサいもんなー。まあしょっちゅう浮気してる俺が悪いのか。 どっちにしろ、デメテルも言い出したら聞かない奴だから、てきとうな事言って追い返してやれ。まあ食わないでは生きてはいれないだろ。まったく、好き同士なんだから一緒にさせてやれよな。」ゼウス談
ところで、 力づくで冥府へとさらわれたたおやかな若い女神は、 しかし気丈でありました。 ペルセポネは食事はもとより、 ハデス が彼女の気を引こうとして贈った金銀財宝も 何ひとつとして受け取ろうとせず、 また ハデス に対して口をきくことさえ 頑として拒んでいたのです。
エート、食べナイ、口利かナイ、というコノ症状はデスね、いままでの明るい神の国から、暗く陰鬱な冥界にと住む場所が変わったコトによる、イワユル「引っ越しウツ病」デスね。よくウチの外来にも、左遷されタ旦那の奥さんがウツになって来たりシマス。症状は全くコレと同ジ。シカシ、ハデスの場合は別に左遷されたワケでなく、自分から希望して冥界に勤務した訳デスから、この場合は奥さんの、旦那の勤務地に対する理解が乏しカッタ、という事にナルデショウ。(回答者:デス見沢デス彦)
しかし、 その抵抗により彼女は餓えと渇きに襲われておりました。 そんな折り、 狡猾な冥王 ハデス によりペルセポネの目の前に差し出されたのは、 半分に割ったみずみずしいざくろでした。 苦しんでいた彼女は思わずそのざくろに手を伸ばすと、 またたく間に四粒 (もしくは六粒) を口に含んでしまったのです。
「いや、果物なら食えるか、と思ったんだけどね。正解だったわ」ハデス談
「ペルセポネは冥府のざくろの実を食べたのであるから、 古き法により、 我が正当なる花嫁である。」 冥王ハデス は、 大神 ゼウス に向かいこう主張しました。 一方デメテルはといえば、 「私の娘が死の王の花嫁となるならば、 私は大地に実りを与えることを拒否する。 穀物は実らず、 大地は渇き、 荒涼たる不毛の土地が広がるばかりとなるであろう。」 と言明しました。
「だからさあ、ウツは回復したんだから、俺と一緒に住むのが筋だろう!」ハデスの主張 「とんでもない! いるだけで病気になるような所には、ウチの娘は住まわせられません!」デメテルの主張
両者の妥協案として、 大神 ゼウス は次のような決定を下しました。 すなわち、 四粒 (六粒) のざくろを食べてしまったペルセポネは 一年のうち四ヶ月 (六ヶ月) を冥府で過ごさなければならないが、 残りの期間は地上で暮らすことを許されたのです。
デメテルは、 娘が冥府にいるあいだは悲しみに打ち沈み、 大地の世話を一切しないようになりました。 この間、 木々は枯れ大地は凍てつき、 地上は冬に閉ざされるのです。 そしてペルセポネが地上に帰ってくると野には春が訪れ、 花々はほころび木々は新緑に芽吹くのです。 こうして、 一年の中に季節というものができたのだといわれます。
コウイッタ母と娘の関係を「母子依存型」と呼んでイマス。母親の方は子離れが出来ズ、イツマデモ子供を手元においてオキタガリマス。マタ、子供の方も、的確な状況判断が出来なくナリ、ちょっとした環境の変化にも適応出来なくなってシマイマス。
こういう娘を嫁にもらった場合、苦労するノハ配偶者。タダシ、配偶者の再教育により、子供の方はマットウな生き方ができるようにナル事もありマス。親のホウは、ダメデスね。
ペルセポネの場合、そのうちにわりと冥界に順応していったヨウで、琴座のオルフェウスの時など、旦那に頼んで死人を生き返らそうというムチャなこともやってマスから。しかし、ハデスは嫁さんの言う事には逆らえないヨウデスな。ウチもソウか。(回答者:デス見沢デス彦) さてここで、オルフェウスとその妻エウリュディケにまつわる悲しい物語を紹介しましょう。 竪琴の達人オルフェウスが精女 (ニンフ) エウリュディケを愛し、 彼女と結婚してから間もなくのことです。 たまたまエウリュディケの姿を目にし、 その美しさの虜となった牧夫アリスタイオスが、 彼女を我が手に抱かんとエウリュディケを追いかけてきたのです。 彼女は驚いて逃げましたが、 そのとき草地にいた一匹の蛇を踏みつけてしまい、 怒った蛇に噛まれて死んでしまいました。
新妻の死を心から悲しんだオルフェウスは、 亡くなったエウリュディケをどうにかして返してもらえないものかと 竪琴だけを手にただ一人、冥府へと降りて行きました。 黄泉の門を守護する三つ頭の番犬 ケルベロスも、 三途の川の渡し守カロンも オルフェウスの竪琴の音に心を動かされ、 彼を通しました。
そして 冥府の王 ハデス と 女王ペルセポネの玉座の間まで辿りついたオルフェウスは、 愛する妻を失った悲しみを彼らに向かって切々と歌いあげ、 彼女をいまひとたび地上の自分のもとへ返してくれるよう訴えかけました。 黄泉の国の掟を破るこのような訴えには耳を貸すことのない 冥府の王 ハデス でしたが、 オルフェウスの歌に感じいった女王ペルセポネは 眼に涙をためて冥府の王の説得に当たったので、 とうとう ハデスも 妻の頼みを断りきれなくなってしまいました。
しかし ハデス は、 エウリュディケを黄泉の国から地上に戻すに当たって 一つの条件を課しました。 二人が地上に帰りつくまで、 オルフェウスは決して妻のことを振り返ってはならぬというのです。 その程度の条件ならばと喜んでこれに同意したオルフェウスは、 背後に愛する妻を連れて再び黄泉の国を通り抜ける帰路につきました。
オルフェウスは固く約束を守り、 一度たりとも妻エウリュディケの方を振り返りはしませんでした。 音楽家である彼の鋭敏な耳は 背後からついてくる妻の幽かな足音をきちんと捉えていたので、 何も心配することはなかったのです。 ところが、地上がもうすぐ目前に迫ったとき、 ふとエウリュディケの足音が聞こえなくなりました。 そこはちょうど松の森で、 地面に厚く積もった松の落ち葉が 空気のように軽い彼女の足音を消してしまっていたのです。 オルフェウスは心配でいてもたってもいられなくなり、 つい愛するエウリュディケの姿を求めて振り返ってしまいました。
するとたちまち、 彼女は目に見えぬ腕で引っ張られてでもいるかのように連れ戻されてしまいました。 二人は腕を伸ばして抱き合おうとしましたが、 その指先は虚しく空をつかむばかり。 「もうこれきりです、さようなら。」 悲痛な一言だけを残し、 エウリュディケの姿はあっという間に見えなくなってしまいました。
オルフェウスは再び黄泉の国へ戻ろうとしましたが、 今度はどんなに竪琴を鳴らして口説いても 渡し守は彼を渡してはくれませんでした。 絶望のあまり気が狂ったようになったオルフェウスはあてどもなく山野を彷徨い、 最後には酒神ディオニュソスの祭りに酔いしれた一団の女たちに殺されてしまいました。
彼の首とともにヘブルス河に打ち捨てられた竪琴は、 オルフェウスを偲んだ太陽神 アポロン (もしくは大神 ゼウス ) の手によって天にかけられ、 こと座になったということです。 また、かつてオルフェウスのまわりに集まって その竪琴の音に聞きほれていた動物たちも星の仲間入りをし、 いまだにこと座のまわりをまるく取り巻いて その調べに聞き入っているといわれています。 そして、死んで霊魂となったオルフェウスは 今度こそ誰はばかることなく黄泉の国でエウリュディケと再会し、 共に幸せに暮らしているということです。 |