二日目 H13.10.5
起床8時。「8時までに起床」というのは8時まで寝ていていいということだ。普段の俺は午前8時半から勤務なので当然8時半まで寝ているので(職場まで行くのにはテレポーテーション能力か空間転移装置を使用)、いつもより30分早いわけだ。したがって眠い。食堂にて朝食。塩ジャケ、海苔、みそ汁、温泉タマゴの純和風定食。眠いがコレなら食える。欧米風ベーコン・ハム・ソーセージ・目玉焼き2ヶセットだったら勘弁してほしいところ。しかし今日が和風ということは明日は洋風のような気もする。
今日から本チャンの講義。結局昨日はゲームボーイやってるヒマとか全然なかったし。ていうかこの生活、プライベートタイムがほとんどないんですけど。軍隊だからしょーがないか。まあ大学の合宿もこんな感じだったし。しかし1週間くらいオナニーとかできなかったら夢精するんじゃなかろうかと心配。 で、午前中は昨日の続き。組織の理念についての理解力テスト。いきなりテストかい。 テストの内容はこんな感じ(そのものズバリはヤバイので若干アレンジしております、原文は当然英語)。
問1. むかしむかしある難民キャンプに、おじいさんとおばあさんがおりました。おじいさんは山に首狩りに、おばあさんは川にエスニック・クレンジング(民族浄化)に行きました。二人ともたいそう働き者だったので、これまでに女子供非戦闘員を含む3000人を殺したという噂もありました。ある日、おじいさんは戦闘でシリアスリィな怪我を負ってしまい、おばあさんに連れられて我々の医療テントに来やがりました。みんなは「そんな奴助けるな」とか言ってましたが、結局我々は彼らを助けることにしました。すると、あるへっぽこジャーナリストが「なぜそんな戦争犯罪人を助けるのですか」などというわけのわからない質問を我々にかましてきやがりました。 (1)あなたは何と答えますか。 (2)この場合の基本となる我々の理念は何ですか。
ま、簡単。答えは当然 (1)Because I am evil. (2)Evility.(←こんな単語はありません)
なのだが、こんな正解を教官に言ったら即「帰れ」と言われること必定なので、humanity(人道)とか無難な答えを言っておいた。(正解は"Impartiality"(公平))以下このような問題が続く。ふ、こんな問題程度で俺の邪悪な心を洗脳できるなどと思ったら大間違いだぜ。 まあ、とりあえず洗脳されたフリだけしといて午前中は終了。ティータイムの時、同じ班の東さんにいろいろ聞く。 「東さんのいたNGOも、こんな試験とかやってたんですか?」 「いや、ただ自分たちの活動のビデオとか見せられておしまい。こんなテストとかあるなんて思わなかったよ」 「M*Fとかには参加したことあります?」 「それさ、それ。私も実は*SFとそのNGOと、どっちで行くか迷ってて、MS*よりもそっちのNGOの方が東ティモールに確実に行けそうだったんで、*SFの方断ったんだわ。面接まで終わってたんだけど。したっけさあ、MS*から『あなたのようなヘタレ野郎などこっちからお断りです、もう二度と会うこともないでしょう、そんなアブナイ所に行くよりどっかの大病院で高給貰ってヌクヌクと安楽な生活でも送って余生を過ごすのがお似合いですね』(注:一部やや誇張あり)みたいなスゲー失礼な手紙が来たのさ。頭さ来るね、ったく。なんも公平でないって」 「…まあ、M*Fは『別にそこの人々に求められてないのに勝手に行く』みたいな感じですからね…俺も『精神科医なんざいらねー』って言われたし」 「そーそー。なんかヘンだよねー、あそこ。やっぱフ××ス人は勝手でダメだわ」
昼メシのあと、レクター教官による「紛争」の講義。とりあえず「国際人道法」「ジュネーブ条約」「戦争法」の三点セットについて(紛争においては三点セットで使用される)片っ端からたたき込まれる。*「Right to kill」の所がやたら印象に残った。現実的だな〜。「なぜ人を殺してはいけないのか」などと論議してる平和ボケした国ダケじゃこんな講義絶対やんないだろーな。問題は「どのような時に人を殺したらいけないのか」でしょ。またこれをコロンビアのレクター教官がやるもんだからリアリティがあって迫力があるんだ、これが。
こういう事になるとがぜんやる気が出てくる。「国際人道法はReciprocityに基づかない」ふむふむ…Reciprocityって何だ? こそこそと辞書を引く(最初のウチはなんか辞書ひくの恥ずかしかったが、研修の最後のほうになるともー何もかもどーでよくなって片っ端から辞書ひくようになってた)と「相互主義」とある。お互いに…何??? ティータイムに質問。 「教官、質問であります」 「何だ」 「Reciprocityとは何のことでありましょうか」 「Are you foolish?」 「え…」 「君と私が戦争していたとするな」 「はあ」 「私が君の子供を誘拐する」 「はあ」 「君が私の子供を誘拐する」 「…はあ」 「(両手のひらを上に上げるポーズ)Are you foolish?」 教官は去っていった。 ちくっしょー、ぜんっぜんわかんねえ。しかも馬鹿とか言われるし。 後で昨日の国際部の人に説明してもらった。 「レクター教官が言ってたのは、たぶん、国際人道法は『やられたからやり返す』という論理には基づかない、ということだと思います」 「あー、はい、はい。例えば自分の国のビルが壊されたからといって他の国に爆弾落とすなんてこたー国際人道法にもとる犬畜生のやること、てことですね(H13.10.5現在)」 「まあ、具体例はあげられないけど…例えばそういうこと。たとえば、ね」
夕メシのあとは「比較文化論」の講義・演習。講師はカール・セーガン教官。 「あー、我々は、派遣先各地でのローカルルールを順守しなければいけない。ローカルルールを守るということは、すなわちその地の文化を知らなければいけない、ということである。他文化を知るためには、その前に己の地の文化について知らなければならない。というわけで、この時間は、自分の生まれ育った地の説明をそれぞれにしてもらう。各自生まれ育った地についてポスターセッションせよ」 課題が命じられた。何番目かに、我が帝国について説明する。 「えー、我が帝国は、もともと先住民族アイヌの土地であり、約100年前からの我々非アイヌ人の侵略・圧制・差別によりアイヌ人口は急激に減少し、現在では100人くらいと言われております(←わかんない、てきとう)。アイヌ語は『土地の名前』としてわずかに残っているだけで、公用語としては通用しておりません。公用語は日本語です。帝国地方の日本語は『メールが送らさりましたか』というように、日本の中でも大変エクセレントな日本語といわれています。えー、また、この線で囲んだ部分は『ノーザンテリトリー』と言いまして、第二次大戦後よりロシアと日本とで領土問題が発生しており、現在でも国境地帯では紛争が絶えません。紛争による死者は毎年数千人と言われております。でもこの土地はロシアのもんでも日本のもんでもなく『アイヌの土地』なんですが。あと冬には気温が零下40度まで下がり、コンピューターがフリーズし、流氷が海をおおいます。流氷とぶつかってタイタニック号が沈んだのもこのあたりです。あとクマが出てきて人間を食います。クマは自動車に体当たりしてクラッシュさせたりもします。シカもいます。シカの数は人間より多く、クマ同様自動車事故が多いですが、シカはクマほど強くないので車に当たると死んでしまい、シカの遺族から慰謝料を請求されます。慰謝料の総額は一年で数兆円とも言われ、帝国経済が悪化している一因にもなっています」 外国人講師陣、中国人、香港人、ポリネシア人が「へー、そうなんだ」という顔をして聞いている。うっそーん。信用するわけないっしょ。みんな笑い転げてた。でも中国人は信じたかもしれない。
このセッションの後、香港人の参加者が俺に「私はあなたに対し、大変疑問な点があります、ちょっと質問していいですか」と言われた。げ、まさかさっきの全部信じたんじゃないべな。「はあ、何でもどうぞ」 「私は今まで、日本人というのは、人前に出るのを嫌い、真面目で、ひかえめで、慎重で、自分を主張することなく、何事も協調性を重視する民族だと考えていました。しかし、さきほどのあなたを見ていると、私の今までの日本人観は間違っていたのではないか、と思ってしまいます。私は間違っていたのでしょうか」 「…え…それは俺一人の考えではなんとも…ちょっと待って、他の日本人に意見を聞いてみよう。東さん、メヒ子さん、俺って普通の日本人だよねえ?」 二人とも無言で首を横にふる。 「他の…」 近くにいた日本人全員、無言で首を横にふる。
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